2007年11月26日月曜日

光明禅寺

大宰府の光明禅寺に行ってきました。
紅葉の名所らしく、新緑の頃に行ったことはあったのですが、この時期に来たのは初めてでした。


建築の南側にある庭なので、建物から庭を見ると逆光で光が透けた紅葉が綺麗かなと予想して行きましたが、南側に背景の山がすぐ近くまでせまっていて、この季節だと夕方の一時だけにしか直射光が入りそうにありません。「もう30分遅く来れば・・・」という時間でした。



しかし、そのせいか、苔はしっとりとしていて、背景の暗い緑の山があることで、庭の落葉樹が浮き立ち、庭の閉鎖感がひっそりとしてちょうど良い広さを感じました。


ひととおり見学すると、部屋の中に光が差し込みました。


境内の北庭の紅葉。



お寺のお向かいの桜  だったかな・・? とても、天気の良い一日でした。


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2007年11月4日日曜日

産業遺構 立坑(たてこう)2

11月3日に福岡県全体で「県内文化財一斉公開 ふくおか歴史彩発見」というイベントで
志免町では、立坑を中心とした、見学会があり参加しました。


とても天気が良く、気持ちの良い見学会でした。北側の外観。こちらの突出部は屋上への階段室。屋上が労働者の休憩場所として使われていたそうです。



最近の調査で、右上部からの外壁の汚れは、当時のトイレの汚水配管の名残だということが解ったそうです。右側の突出部は機械の操縦室だそうです。



斜坑入り口、たてこうが作られる前に地下の炭鉱の出入り口として使われていて、斜めなので時間がかかり効率を良くするためとさらに深く掘り進めるために、たてこうが造られたそうです。



これもレンガの3重のアーチになっています。確認はしていませんが、アーチは圧縮しか受けないので、鉄筋は入っていないでしょうね。現在は出入り出来ないように、格子がありますが、これも、国鉄の炭鉱らしく、レールの部材で作られています。



アーチの内側もレンガが積んている状況がよくわかります。




以前に紹介した換気口のプロペラは収蔵庫に保管されていました。やはり、現地保存とはリアリティーが違います。2重と思っていたプロペラは3重だったそう。


ディテール。無垢から削り出したのか、薄い板を集成材のように貼り合わせたのか?通常はシロッコファンが使われ、プロペラファンは補助的に使われていたそう。



炭鉱が栄えていたころから在る酒屋さんです。


これも、当時から在る木造トラスのアーケード。


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2007年10月11日木曜日

住宅の庭

住宅の庭の話です。
[住宅地の一般的な庭]
住宅では南側に庭を計画して・・・ということが一般的ですが、なぜ南庭が多いのかというと、日本の住宅地では日照を得るため、南側の隣地建物から距離をとる。
標準設計の庭


つまり、自分の建築を敷地の中で「北側に寄せる」。そのため空地が南に出来、それが庭と呼ばれる・・・、というような計画が多いように思います。


住宅地の場合、一般的には長方形の敷地の3方が住宅に接し、1方だけが道路になりますが、敷地の中で前述のように「建物を北側に寄せる」とした場合、「北接道の敷地の場合」南側にプライバシー重視系(道路から覗かれにくい)の庭になり(下図)、
北接道の庭





「南接道の敷地の場合」南側に開放系(道路から見える)の庭ができるのが一般的です。
南接道の庭

住宅地で60坪程度以下の敷地に建つ住宅は、標準的な設計の場合、接道の仕方でオープンスペースの位置がほぼ自動的に決まります。


しかし
敷地の条件が整えば、北側の庭がの方が良いことがあります。
例えば、1方向に公園や川があって、そこから将来にわたって充分な採光が得られるとか、敷地と道路にレベル差があって、道路から直接覗かれる心配が無い、採光も得られるといった場合、必ずしも、庭は南側にある必要は無くなってきます。

北庭のメリットは
・順光で庭の木々を眺めることができる。南の庭は草花や木々を逆光で見ることになる。
・北側に大きな窓を採ることになるが、北側の窓は熱負荷が小さく南側の窓に比べ、一日を通して安定した採光が得られる。
・空は北の空が青く見え美しい、太陽がある南の空は逆光で白く見える。
などです。

常に北庭が良いという訳ではなく、庭が暗くならないか、充分な日照が得られるか、お隣の敷地の状況、近隣の将来は・・・など敷地の分析が必要です。
興味がある方は、日照の分析もあわせてどうぞ。北庭にも敷地や設計方法によっては充分に直射日光が入ることを検証しています。


写真をご覧になりたい方は下記をどうぞ
北庭の家(敷地のレベル差を利用して、プライバシー重視型の庭を造りました)
北庭の断面




写真をご覧になりたい方は下記をどうぞ
3つの庭がある家(60坪程度の敷地に3つの庭を造りました)
3つの庭がある家コンセプト


中庭
庭を建物の横にとるのではなく、平面の内部に取り込むと中庭ということになります。

中庭の特徴は・・・
1. 中庭自体を、多目的に利用出来る。
周囲から眺める庭、第2のリビング、遊び場、物干し、ガーデンパーティー・・・など。周囲から見られることが無いので、プライバシーの点では究極の形とも言え、家族だけの屋外空間という、贅沢な空間になるでしょう。
2. 中庭を介して、風を取り込むことが出来る。
中庭に面した窓と、建築の外周に設けた窓を開けて風の通り道を自由に計画できる。中庭側はプライバシが守られているので、窓を開けても周囲の目を気にする必要がありません。
3. 中庭を介して、採光出来る。
南の直射日光を入れる部屋や、北側の穏やかな光を入れる部屋など、多様な光環境の部屋を計画できる。風と同様、外周に設けた窓からも採光でき、2面採光になる。
4. ぐるりと1周出来るプランは楽しく、多様な使い方が出来る。
5. 中庭があることによって、家全体を適度な距離を保ちながら繋ぐことが出来る。
中庭を介して、家族のつながり、生活の気配を感じることが出来る。

中庭の壁の高さや中庭の広さによって1~5の特徴には効果の違いが生まれます。
平屋建ての中庭が最も効果的ですが、建物が高くなったり庭が小さくなると、効果が薄くなることも考えられます。それでも、直射日光がほとんど入らないような、小さく高さが高い中庭でも、やり方によっては効果的・必要充分な効果を得るような建築計画もあるでしょう。

写真をご覧になりたい方はどうぞ
中庭の住宅 K邸  住宅地に建つ外部閉鎖型の中庭がある家(上記の特徴を持つ中庭型の典型)
N邸 中庭の住宅  景色の良い敷地に建つ、自然に向かって一部開放型の中庭がある家


よろしければ会社のホームページもご覧ください。
興味深い設計の実例を多数紹介しています
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2007年9月16日日曜日

産業遺構 立坑(たてこう)1

炭坑の有った街 福岡県志免町に現在も立つ立坑です。
(志免町は福岡市に隣接する町で、私もこの町の町民です)


地下で採掘した石炭を、地下から地上まで巻き上げるための施設です。
現在はもちろん利用されていません。



上部は1スパン分オーバーハングしています。下のバリケードのすぐ上には、コンクリート製の庇が設けられ、上から吊る斜材が見えています。








庇の正面から見ると、反対側もオーバーハングしています。









トップヘビーの形態が、視覚的なアンバランス危うさを増幅し、力強い形態を強調しています。



コンクリート表面はクラック(ひび割れ)や爆裂(錆びた鉄筋の露出)だらけで痛々しい姿をさらしています。皮肉なことに歴史を刻んだテクスチャーがこの造形の存在感を増しています。



躯体に蔦が張り付いています。生命体の血管のようにも見えます。しかし、寄生され必死に耐えているようにも見えます。
柱の主筋が露出しているところが、さらに痛々しく見えます。



数年前に総合福祉センターが整備されました。



数百メートルの深さに新鮮な空気を送っていた換気口です。レンガを4重にアーチに積層して造っています。




人間の鼻のように2又に分かれています。流体力学を生命体に学んだのでしょうか。






鼻の上から見た状況。そっくりではないでしょうか。



鼻の内部。美しいレンガアーチと、下りていく階段が見えます。当時のデジカメは能力がこの程度で残念です。



2重のプロペラが残っていました。







プロペラは木製です。この炭坑は海軍の炭坑で、鉄が不足していたのでしょうか。それとも、プロペラは軽量化のため、当時は木が最適な材料だったのかも知れません。





残念ながら、この換気口は現在は残されていません。道路工事のため解体され埋められてしまいました。本当に残念です。奥に立坑が見えます。






産業考古学的な価値もさることながら、意匠をそぎ落とした機能美と時を刻み込んだ表面のテクスチャー、その圧倒的な存在感は、残す価値ある遺産として大切に保存して欲しいと思います。







立ち入りが制限され、見守り保存(費用をかけないで保存)という方法がとられています。
しかし、表面には蔦がからまり、何故かそのままにされています。蔦を建築にからませるのは良くありません。特にこの立坑は鉄筋コンクリート造であっても、表面はクラックだらけ爆裂だらけで、蔦の根がコンクリート躯体に深刻な影響を及ぼしていることは間違いないし、コンクリート片の剥離も促進します。このまま放置すればあと10年はムリでしょう。費用をかけなくても容易に出来る蔦の除去だけでもしてもらいたいものです。




蔦がからむ夏の立坑全景。








躯体に蔦が張り付く。「生命体の血管のようにも見える冬」に比べると美しいのですが・・・。

(現在は、蔦は除去され、大切に保存されています。)



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2007年8月30日木曜日

ものづくり日本大賞

しっくいメーカー田川産業(福岡県田川市)が、第2回ものづくり日本大賞の最高賞の内閣総理大臣賞を獲得した。
http://www.meti.go.jp/press/20070802006/a_press.pdf
ものづくり日本大賞は、日本の文化や産業を支えてきた「ものづくり」を新しい時代に承継・発展させるため、その最前線で活躍する人々を顕彰し、世の中に広く伝えるために創設された賞で、九州では初めて内閣総理大臣賞になるそうだ。受賞内容は「不焼成漆喰セラミックの開発」ということで、これは、簡単に言うと焼かないタイルということになる。
LIMIXと呼ばれるこの製品は、開発の初期の段階から、相談いただいて使わせていただき、私の勝手なイメージに随分付き合っていただいた。
LIMIXのページ
http://www.shirokabe.co.jp/limix/index.shtml
このタイルの特徴である均一でマットでソフトなイメージのテクスチャーは他のタイルには見られない。それだけでも充分きれいなのだが、注目したいのは、焼かないので、通常のタイルには無いいろいろな表現が可能なタイルであるという点だ。
製作過程で本物の木の葉を貼り付け、タイル面に葉の葉脈を浮き立たせたり、和紙作家の作品を表面に貼り付けたり、数量にもよるが自由な色のタイルが出来、場合によってはグラデーションなどのタイルも可能、色ガラス片や美しい自然石を混入させたりすることも出来る。
「江藤石油」では自動車関連施設らしくタイヤのトレッドパターンの型を作り、タイル表面に表現し、店内の床に車の輪立ちを引き込んだ。
「伊万里駅ビル」では、唐草模様をタイルに刻印したり、階段のノンスリップに彫込をいれたり、陶器の呉須 (ごす)青のグラデーションをこのタイルで表現した。私のデザインイメージに対し、開発スタッフは、真摯にとても粘り強く何度もサンプルを作ってくださった。
「芦辺港ターミナルビル」では、2層の色のタイルを作り、ブラストをかけて下層の色を浮き出させサインを作ったり、壁のレリーフを表現した。色漆喰のペーストを使って、タイルに絵を象嵌することも出来るし絵画をプリントすることも出来、まだまだいろいろなデザイン方法が試行錯誤されている。
クリエイターにとって今後も創作意欲をかき立てる様々な展開が期待される。
しっくいには元々、消臭機能や調湿機能もあり、この製品にもしっくい本来の機能も備わっているそうだ。
自分が初期段階から関わってきた製品や技術がこうした栄誉ある賞を受賞することは、とてもうれしいし、行平社長をはじめ田川産業の社員の方々のたゆまぬ努力の賜物であり称えたいと思う。私もこれからも微力ながら応援していきたい。


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2007年8月26日日曜日

太陽の動き日影の動き

住宅のインテリアや庭を計画するうえで、また、光が重要な建築の計画において、建築自体による影が、一日の中でまた季節によって、どのように動くかの検討は建築の設計において避けて通るわけにはいきません。
建築による日影はどのように動くのでしょうか。太陽はどのように動くかは、義務教育で習ったので、その反対に影が出来るのですが、実際の建築のスケールにあてはめでみると、なかなか興味深いと思います。
図1~3は高さが約9m程度の3階建ての住宅の影がどのように出来るかを示しています。(福岡で計算)季節ごとの同時刻の日影。上から冬至、夏至、彼岸。
冬至の日影
夏至の日影

彼岸の日影






冬至の影


冬至の日影


これは冬至の影を、日の出の頃から日没のころまでを1時間おきに示しています。
冬至の影は1日中北側に長い影が出来ます。常に北側に影が出来るという点では、一日中あまり変化が無い影の出来かたと言えるでしょう。近隣の敷地に最も影響を及ぼすので、建築基準法でも日照の問題を規定する部分では、冬至の影を基準としており、確認申請に添付されるのはこの図です。







夏至の影

夏至の日影


これは夏至の日の建築の影を、日の出の頃から日没のころまでを1時間おきに示しています。夏至の影は建築の設計では通常は書きませんが、とても面白い影です。太陽がかなり北寄りから昇るために、朝の9時までは太陽は(東西軸の)北側にあり、南側に影が出来ます。9時から午後3時までは、東西軸のほぼ真上の空を東から西に動き、その間は、南の壁面にはあまり光が当たらず、壁に低い角度でしかあたらない。
午後3時ごろ、太陽はほぼ真西にあり、その後は北側にまわる。1日を通して北側に大きな影が出来ることはない。4時間以上日影になる部分は建物の周囲のごくわずかの範囲。つまり、北側の壁面の間近以外には充分に日照が得られる。建物の北庭でも充分、夏野菜が出来そうです。
1日の光の動きとしては、北東側から当たっていた光が、東の空に昇りそれから南の上に行き、昼過ぎに真西、さらに北側にまわるという、変化のある動きを見せてくれます。






お彼岸の影

お彼岸の日影


これは春と秋の彼岸の頃の影を、日の出の頃から日没のころまでを示しています。真東から昇り、真西に沈むので、北側の影の先端の軌跡が直線になります。
3つを比較してみると、季節により驚くほどの違いがあることがわかります。3つの図とも、グレーに塗りつぶしている部分は午後3時の影で、1つの時間をとってみても季節によりこれだけの違いがあることが解ります。
季節により太陽高度が変わることは解っていていても、その他にも随分興味深いことが沢山あることがわかり、建築計画に取り入れることが出来そうです。


これは昔、学校で習った太陽の1日の動きを示しています。影の原因、太陽の動きを再確認してみましょう。
右側の図は立った状態で西から東側を眺めている様を示しています。
福岡県 福岡市は 33°35'N 130°24'E  なので、太陽高度はどの程度かというと、緯度が33.5度の福岡の場合、夏至の南中時刻の太陽高度は
90-33.5+23.4=79.9度
夏は実にほぼ真上から日が差していることがわかる。(右図の一番左の軌跡)
冬至の南中時刻の太陽高度は
90-33.5-23.4=33.1度
冬はとても横から日が差していることがわかる。(右図の一番右の軌跡)
夏には天球のほぼ真上を通っているのに、冬にはこんなに端っこしか動いてないことが解ります。
参考までに、春分秋分の頃は(右図の中央の軌跡)
90-33.5=56.5度
このあたりは、建築でも基礎なので、日本の建築の庇は夏の日差しを遮り、冬は光を室内まで取り込むように計画されているのは常識。

では、太陽は本当に東から昇って西に沈んでいるのか?
左の図は地図を見るように、天球の上から地面を見ています。これを見ると、
夏至の太陽は東ではなく、さらに30度ほど(南を0度とすると、-118度くらい)も北側に振れた位置から昇り、東西対称の位置に沈みます。つまり「東から昇って西に沈んでいる」というのは随分な巾があるといえます。
そんな言葉尻をとらえて・・・と言われるかもしれませんが、建築計画には重要な意味を持っています。
夏の太陽は朝と夕方は、かなり北側まで回っている。
では何時ごろ真西を通っているのかというと、朝は9時ごろ真東、午後は15時頃に真西にあります。そのため、午後3時以降もまだまだ、じりじりと照りつけ、日没まで4時間以上も照らし続けるのです。しかも沈む前の太陽なので、高度が低く建築の西側の壁に大きい角度で当たるので、熱負荷が大きくなります。夏の西日がきつい訳です。
真西を過ぎると、北側に太陽が振れるので、敷地の両隣に遮る物が無い場合、北側の壁面や北側の庭にも充分に光が回ります。1日を見ても夏至の頃は太陽が南側にある時間より、北側にある時間の方が長いのです。
そして、南側の壁面について言えば、夏の太陽は南側の壁面にはあまり負荷を与えてない。南側にある窓から直射日光を遮るには1m程度の庇があれば充分ということになります。

春分と秋分は真東から昇って真西に沈むので、4月から8月ごろまでは北側にも光が当たり、特に5~7月には近隣の条件によっては、北側でも充分な直射日光が得られることがわかります。高さ5mの建築で影の長さは0.9m程度です。
だから、3つの庭がある家の屋上の芝生は全面緑色です(コンクリート壁の真北の直下も)。
北庭の家:建物を敷地の南に寄せ、北庭とした住宅。
庭には直射日光が必要-庭のはなし



これらは、福岡で計算していますので、他の地域では多少の違いがあります。
また、上記の時間は全て真太陽時であり、実際の時間とは季節によって数分から数十分の差があります。これについては、「真太陽時」で検索すると詳しいページがたくさんあります。
国立天文台 天文情報センター
http://www.nao.ac.jp/koyomi/
などは、地域別の今日のこよみを調べることが出来るので便利です。


よろしければ会社のホームページもご覧ください。
興味深い設計の実例を多数紹介しています
シード建築設計事務所


2007年8月25日土曜日

博多川で流し灯楼

8月24日に博多川で流し灯楼がありました。
博多川沿いに、飢餓地蔵尊がありますが、江戸時代に飢饉があり、博多でも多くの人が飢餓で亡くなられ、亡くなられた人の霊を弔うため毎年8月23日と24日に施餓鬼供養が行われています。合掌。

流し灯楼2
川の流れはほとんどありませんでしたが、火を灯された灯楼が少しずつ流されていきます。


流し灯楼1
地蔵尊の100メートルほど下流にある博多川トイレの前を流れていきます。


流し灯楼3
一旦下流の方に行きましたが、流れを管理しているのか、ほとんど流れが無く、わずかな海風に押されて、上流の方へ戻っていきます。


hakatagawa_1281-w560.jpg
ずっと上流へ戻って行きました。ネオンが映る中を静かに漂う様が幻想的でなんとも美しいです。


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2007年8月6日月曜日

子ども魚のつかみどり(博多川)

8月5日博多川で「子ども魚のつかみどり」が開催されました。
博多川子ども魚のつかみどり1
好天に恵まれ、多くの子どもたちが参加しました。どんな魚かなと思ったら、うなぎでした。そのため、なかなかつかめず、大はしゃぎでした。


博多川子ども魚のつかみどり2
設計監理した「博多川トイレ」がこの日にあわせてオープンしたので、住民の代表の方々に説明と、テレビの取材も受けました。右側がトイレ。上の写真の中央奥も。
博多川トイレの写真をご覧になりたい方はこちら


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